治療の場(相談・サポート) 臨床研究

東洋医学研究室

東西両医学の融合

 明治維新以降の我が国において、長い伝統のある漢方や鍼灸は民間療法などとして事実上医療制度から切り離された歴史があります。そして今、我が国の鍼灸の基礎研究や臨床研究は大いに立ち後れています。その一方で日本人が育て引き継いできた日本鍼灸は欧米諸国の医療や福祉の現場で受け入れられているのです。
 2007年、当精神医療センターに「ストレスケア病棟」を新設するにあたり、そのチーム医療の一環として鍼灸を取り入れることとなりました。東西両医学の立場から「共通言語」を確立し、お互いが治療を補完するうつ病治療の可能性について検討を重ねました。
 精神医学や脳科学と鍼灸を組み合わせるためには名人芸としての鍼灸ではなく、鍼灸介入や東洋医学的身体所見を可能な限り体系化、定量化する必要性があります。まずは鍼灸臨床の経験上、精神症状との関連が強い東洋医学的な身体所見(経穴の反応)をスコア化することを出発点としました(図5)。この試みにおいて「Kiikoスタイルの鍼灸」が大変参考になりました。故長野潔氏によって体系化された長野式鍼灸治療(文献1)について、米国ボストンで活動する松本岐子氏は腹診中心のKiikoスタイル (palpation based acupuncture) に発展させました(文献2,3)。Kiikoスタイルの特徴は、腹診や経穴の触診、問診を中心に診断を行う点に加えて、鍼灸の精神活動への影響を重視している点が挙げられます。長年の修練を要する脉診ではなく、多くの臨床家が同じように評価できる腹診などの触診所見をスコア化することが大切なのです。Kiikoスタイルは西洋人にも比較的容易に実践出来る鍼灸技法であり、米国ボストンのハーバード大学医学部でも採用され、同大学の医師生涯教育コース「Structural Acupuncture」において多くの臨床医がKiikoスタイルを学んで実践しています。

図5
東西両医学の融合 図5

 2008年4月に「ストレスケア病棟」が開棟し、臨床研究として鍼灸が行われるようになりました。多くの被験者さんが「身体がとても楽になりました」と異口同音に話し、被験者の満足度は予想以上に高いものでした。うつ病や抗うつ薬治療にともなう自律神経失調が如何に患者さんのQOLを低下させているのかを痛感しました。毎月開催される鍼灸カンファランスにおいて、鍼灸師、精神科医、精神科看護師、臨床心理士の間で意見交換を重ね、2009年5月に「K式鍼灸スコア」(初版)の完成に至りました(文献4)。K式鍼灸スコアの「K」は故長野潔氏と松本岐子氏と芹香病院(または神奈川県立精神医療センター)のイニシャルに由来しています。K式鍼灸スコアは評価者間で高い信頼性を示し、その総得点はBeck抑うつ評価尺度(BDI)と有意な正の相関(ρ=0.664, n=25, p=0.0003)を示しました(文献4)。以後はK式鍼灸スコアを活用して、毫鍼を用いたオープン試験や円皮鍼を用いたシャム対照試験などを実施しています。2014年12月1日からは神奈川県立精神医療センター新病院が開院し、サーモグラフィーや光トポグラフィーを活用した鍼灸研究も開始されました。
 うつ病臨床の中で鍼灸の可能性を再発見するためには、鍼灸師と精神科医が協同して臨床研究を実施する必要性があると考えます。鍼灸の高い安全性・忍容性の利点を活かして、より脆弱な対象患者集団への応用研究も重要と思われます。依存症医療や災害精神医療の分野においては、耳鍼などのより簡便な技法の導入も重要となります。ただ単に鍼灸がうつ病にも効きそうだという曖昧な話ではなく、例えば「うつ病患者の迷走機能(またはストレス応答)を改善する鍼灸」などと生物学的効果を特定した介入技術として確立できれば、古い医術を先進的な医療として再発見することができるかも知れないと期待しています。

参考文献

  1. 長野潔. 鍼灸臨床わが30年の軌跡―三十万症例を基盤とした東西両医学融合への試み 医道の日本社; 1997.
  2. Matsumoto K, Birch S. Hara Diagnosis: Reflections on the Sea Paradigm Pubns 1988.
  3. Matsumoto K. Kiiko Matsumoto's Clinical Strategies; Vol 1 & 2.
  4. Nakamura M, Murakami H, Ito A, Shinse Y, Suzuki A, Saeki T, et al. K-style Acupuncture Score (KSAS); its reliability and clinical correlation. Japanese Journal of Clinical Psychiatry. 2012;41(3):323-32.

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