所長あいさつ

所長あいさつ

 
 当センターは、1929年に設立されたわが国3番目の公立精神病院である「芹(きん)香(こう)院(後の芹香病院)」と、1963年に当時としては珍しい公立の依存症専門病院として設立された「せりがや園(後のせりがや病院)」を源流に持っています。芹香病院は長年にわたってさまざまな難治性精神疾患の治療を担ってきただけでなく、精神科救急の基幹病院として神奈川県内最大の救急ベッド数を有してきました。せりがや病院は、薬物依存症の入院治療にも対応可能な数少ない依存症専門病院としての役割を果たしてきました。

 2008年以降、芹香病院ではストレスケア病棟と医療観察法病棟が順次新設され、せりがや病院と統合して新棟が立ち上がった2014年には思春期病棟も加わり、現在の姿に至っています。当センターは2019年には県の依存症治療拠点医療機関に選定され、2020年には県の災害拠点精神科病院、精神科コロナ重点医療機関の指定も受けました。同じ2020年には思春期インターネット・ゲーム依存症専門外来も開設するなど、常に時代の要請に応じた精神科専門医療の提供を目指してきました。

 過去から近未来に視線を転じてみますと、精神科薬物療法が発達し、地域における精神科関連の福祉資源も充実しつつあることから、年単位の長期入院を要するような精神科の患者さんは今後も減少していくものと推測されます。むしろ外来通院やオンライン診療、訪問看護、そして短期入院などを組み合わせた多職種チーム治療を展開して、地域内の施設や在宅で暮らす患者さんの生活を支援することが精神科医療の主流になっていくことでしょう。

 他方、わが国、そして神奈川県にとって、急速に進行しつつある少子高齢化や情報通信技術・人工知能の普及などを背景に、今後、家族や社会の構造が劇的に変化していくことはもはや不可避です。それに伴って従来とは異なるタイプの心の悩みやストレスが増え、精神疾患の病態も変質していくことが予想されます。

 当センターがそれら多様で未知なる精神科医療ニーズに応えていくためには、探求心と専門的な臨床能力を兼ね備えた医療スタッフを育成しつつ、県内外のさまざまな医療・福祉・行政機関の方々との連携を今まで以上に深めていく必要があります。院内の教育研修やキャリア支援を充実させ、外来訪問看護チームの機能を高め、患者サポートセンターを通して幅広い相談への対応能力を強化していきたいと思います。

 しかし上記だけでは、公的精神科医療機関としての役割を果たすには不十分です。何よりもまず、患者さんやご家族、そして関係機関の方々から信頼を勝ち得なければなりません。そのためには組織として絶えず医療の安全性に配慮し、倫理指針からの逸脱がないか点検をくり返し、不備な点があったならばそれを直視し、再び同じ過ちを繰り返さない姿勢が重要と考えます。

さらに精神疾患の増加を可能な限り未然に防ぎ、すでに心の病に苦しんでいる患者さんとご家族に対しては県民の理解と支援の輪を広げていくために、精神医療に関する正確な情報の発信や啓発活動に努めていくことも、当センターの大切な使命です。

 
田口寿子前所長の施策を引き継ぎ、皆様から寄せられるご期待に少しでもお応えできるよう、まずはできるところから尽力して参ります。引き続き忌憚なきご意見、そしてご支援を賜りますようお願い申し上げます。

 

                                2025年(令和7年)4

                                     小林桜児