医療スタッフインタビュー

依存症の背景にある「本当の原因」にアプローチし、多方面からの治療で克服を目指す

青山久美 医師

コメディカル部長

留学で異文化の生活に触れ、人の健康に興味を持つように

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私が医師を目指したのは、高校生のときに1年間カナダへ留学した経験がきっかけとなりました。日本人がほとんどいない小さな町で、いくつかのホストファミリーにお世話になりました。カナダは移民の国ですから、ホストファミリーも様々な国のバックグラウンドを持つ方が多く、ご家族の出身地によって健康観が違っていることを知りました。

生活リズム、健康に良い食事などはまったく違うのに、それぞれが成り立っている多様性を目にして「生活と人の健康には色々な形があるんだな」と興味を持ったのがきっかけです。その後、高校2年生のときに進路を選ぶ際に人間の体や健康を軸にした道がいいと思い、医学部に進学しました。

精神科を選んだのは、研修医時代に色々な診療科を回る中で「精神科が一番、全人的な治療をしているな」と思ったからです。特定の臓器を診るのではなく、患者さんの生活全体が医療の核にあるのが面白いと感じました。特に児童精神科で研修したときに、先輩医師がご家族や学校、児童相談所などと積極的にやりとりした治療を実践されていました。患者さんを中心として社会全体を見るような治療方法に興味を持ち、精神科の医師になりたいと思いました。

依存症に至った背景を正しく理解し、治療に役立てる

私は現在、依存症の専門病棟で勤務しています。依存症病棟は任意入院が多いことから、患者さん主体が前提になっているのが特徴の一つです。依存している薬やお酒が抜けていれば普通にお話のできる方たちばかりですし、判断力が低下していることもほとんどないため、医療保護入院ではなく患者さん自身が治療の意思を持っている点が他の病棟と異なる部分だと思います。

依存症という病気は非常に偏見にさらされやすく、患者さんたちも治療を始めた当初は「どうせ治らない」と思い込みがちです。その認識をいかに変化させ、本人たちにやる気を持ってもらうかが大事です。ご自身の中に希望を見出していただくことを中心に取り組んでいる病棟ですので、患者さんの主体性を大事にしています。

その中での医師の仕事は、依存症の背景にある様々な精神疾患や、生きづらさを感じている生活環境をしっかり把握することです。そして患者さんにその内容をフィードバックしつつ、依存症とは何かというお話をさせていただきます。そのうえで治療についての説明をおこない、依存症の背景にある心の傷を癒すことも含めて必要なプロセスを確認します。

様々な職種が連携して、患者さんに必要な治療を提供

入院時の患者さんの背景については医師がヒアリングをおこないますが、具体的に「どうやってお酒や薬をやめていくか」という治療方針を修正していく段階では、院内の様々な職種が連携して対応します。例えば、栄養士が健康的な食事について話をしたり、薬剤師が薬に関するレクチャーをしたり、看護師が生活の中で薬物と関わらないためにどうすればいいかを伝えたりというように、それぞれの職種の持ち味を生かして依存症に多方面からアプローチします。

患者さんが入院したら、個別にプログラムを立てていきます。一週間のうち主に平日、午前午後のプログラムが記載された書類をお渡しして、どの内容が患者さんの治療に必要かをお伝えします。もちろん、出席するかどうかはご本人の意思を尊重しますが、治療に与えるメリットについても同時にお話します。週に一回はアルコールや薬物依存症を克服された自助グループの方々が来院されて、様々なお話をしてくれる場合もあります。

依存症という病気は、背景に発達や虐待の問題など様々な生きづらさがある場合も少なくありません。臨床心理士がそういった部分を評価し、治療に役立てます。医師だけが治療するのではなく、他職種同士が連携して患者さん一人ひとりに向き合うことが自然に実践されていますし、みんなで回復を支える雰囲気があるのが当院の大きな特徴だと思います。

インターネットの普及やコロナ禍で急増した「ゲーム行動症」

私は病院の外での活動として、青少年相談センターや市区町村、教育委員会などの研修で講師を務めることがあります。その中でも特にご依頼が多いテーマは、ゲームの依存症についてです。実際、国立教育政策研究所の令和4年度の調査では、「小中学生の半数は1日2時間以上ゲームをしている」という結果が出ています。

出典:令和4年度 全国学力・学習状況調査(国立教育政策研究所)
2(5).その他(ゲームやSNS・動画視聴の状況
https://www.nier.go.jp/22chousakekkahoukoku/22summary.pdf

インターネットが普及して、子どもたちがスマートフォンなどで手軽にゲームができる環境になったことと、コロナ禍によって自宅で過ごす時間が増えたことが主な理由だと考えられます。ゲームへの依存は若年者の間でとても大きな問題になっていますが、ゲームにしても何にしても、そこに依存するのは「その人にとって必要だから」という理由が隠れていることを忘れてはなりません。

依存症になる方たちは、依存する行動や物質で何かが救われている場合がとても多いです。例えば、不安が強いからお酒や睡眠薬を飲んで不安を和らげる、イライラが強いから衝動性を発散するためにゲームをしているという具合です。そのため、依存しているものを減らしたり排除したりするのではなく、「なぜこの人はゲームに没頭せざるを得なかったのか」を考えるのが依存症治療のスタートです。

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ゲーム行動症であれば、ゲームがその子に何を与えてくれているのかを明らかにして、「これが苦しいからゲームでまぎらわせていたんだ」と患者さんが理解しなければ、回復に向かうのが難しくなります。依存行動の背景にある困難さ・生きづらさをアセスメントして、少しでもその人を取り巻く世界が生きやすくなることが治療で最も大事な部分だと思います。

生きづらさを我慢することが精神疾患の発見・治療を遅らせる

日本では精神医療に対して、まだまだ理解が進まない現状があります。それは依存症に対しても同じで、「自己責任でやっているんでしょう」という偏見の視線にさらされることがとても多いです。しかし、依存症はほとんどの場合、上手く周囲の人たちに援助を求められなかった、あるいは求めたけれど受け入れられなかった、だからやむなくお酒や薬やゲームに頼っているんだということを知っておいて欲しいですね。

精神疾患は非常にありふれたもので、ご自身や家族・親戚、ご近所など、誰もが一度や二度は目にしたり経験したりするもののはずです。けれども、日本にはそれらの経験がオープンに語られない文化があり、精神科治療を遅らせる要因の一つになっています。生きづらさを抱えながらもなんとか日々を乗り越えている人が、結局その苦しさを抱えたまま、次の世代にも「我慢しなさい」と伝えてしまいます。

薬物やアルコール依存の患者さんは、幼少期から我慢に我慢を重ねた結果そうなっている場合が多いと感じます。「どうせ誰にも助けてもらえない」とか「言ったら馬鹿にされる」という考えが根底にあって、我慢してきた過去があるんですね。ですから、早いうちから心の健康について考え学べる場があればいいですし、精神疾患に関する啓発と教育がきちんとなされるべきだと思います。

生活環境全体を見た治療とアドバイスで、患者さんを取り巻く困難さを和らげたい

依存症の背景には様々な精神疾患や生い立ちの問題、発達や愛着の問題などがあるとお話しました。例えば、うつ病がつらくてお酒を飲んでいるなら、まずはうつの治療が必要です。またゲーム行動症では、例えば自閉スペクトラム症があって学校に適応できないことが原因のひとつである場合があります。周囲の人とうまくコミュニケーションが取れないけれども、ネットの世界はコミュニケーションがシンプルでわかりやすいから没頭してしまったという例もあります。

自閉スペクトラム症の例では、学校環境に関して助言をすることも私たちの仕事です。患者さんとそのご家族、そして学校の先生と情報共有し、どんなことが苦しいのかをしっかり聞きます。そのうえで、「学校内にこういう場所を作ったらいいんじゃないか」といったアドバイスや、もし教室に行くのが苦痛なら不登校の生徒の居場所を紹介する場合もあります。

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必要に応じて、お子さんの場合なら児童相談所、大人の場合なら自助グループや支援団体などと連絡を取り、患者さんを取り巻く世界を少しずつ楽にできるよう、多面的に生活全体を見ながら治療をおこないます。患者さんだけではなく、そのご家族や患者さんが退院後に帰る周囲の環境、生活の場までしっかり見ていくことを実践しています。

患者さんへのメッセージ

私が一番お伝えしたいのは、「依存症は回復可能な病気だ」ということです。多くの依存症の患者さんは「どうせ治らない」と考えがちなのですが、医師をはじめとする頼れる人たちに相談したり、一緒に考えたりしながら生きていけるようになると、薬物やアルコールなどの物質に依存しなくてよくなります。

そうやって徐々に依存から回復することを目指しているので、受診していきなり「お酒をやめなさい」などと言うこともありません。患者さんが依存せざるを得ない、その背景にある苦しさを一緒に考えて解決しながら、薬物やアルコールと距離を取っていこうという治療方法をとっています。精神科はあなたの苦しんでいることが少しでも楽になる、回復していける場所なので、何か悩みがある方はぜひ相談してみてください。