医療スタッフインタビュー

患者さんの社会復帰を大きなモチベーションに、地域から頼られる病院をめざして連携を強化していきたい

田口寿子 医師

所長

当院の診療の2つの柱

 当院は伝統ある2つの病院、芹香病院とせりがや病院を母体としており、平成26年12月の全面改築を期に統合されて、精神医療センターとして新たにスタートしました。せりがや病院がアルコール・薬物依存症治療の専門病院だったこともあって、当院は現在神奈川県の依存症治療拠点病院になっています。依存症の患者さんに寄り添える能力の高いスタッフも多く、力を入れている部門の一つです。

 また、神奈川県の精神科救急医療システムの基幹病院として、2つの救急病棟で救急システム用病床16床を運用しています。精神科救急で入院される患者さんの多くは病状が悪化して、自分自身であるいはご家族が同伴して受診できない状況のため、警察官に保護されるなどして精神保健福祉法にもとづく知事への通報後に精神保健指定医の資格を持った医師2名による診察を経て、措置入院となります。そうした非常に緊急性の高い患者さんを夜間休日問わず受け入れています。常にベッドを空けておくことが求められるため、入院後にある程度症状が改善したら、他の病院に患者さんの以後の入院治療をお願いするしくみになっています。

タイプ別の病棟で専門性の高い治療を提供

 当院の一般精神科病棟には、救急病棟のほか、急性期症状が落ち着いた後に退院に向けた準備をする病棟、病状が重く社会復帰に時間を要する患者さんをケアする病棟、精神面だけでなく身体的なケアも必要な患者さんのための病棟があります。身体ケア病棟では、この数年新型コロナに感染した精神科患者さんを受け入れてきました。専門病棟には、依存症病棟、中学生・高校生のための思春期病棟、うつ病で入院が必要な方のためのストレスケア病棟、医療観察法による入院治療を行う病棟があります。ストレスケア病棟では、薬が効きにくい中等以上のうつ病の方に対して脳に繰り返し磁気刺激を与えて特定の部位の働きを改善することでうつ病の症状を和らげる「rTMS療法」の臨床研究、2019年からは保険診療での治療を実施しており、実績を重ねています。

インタビュー中の写真

近年どの専門病棟でも、虐待などによるトラウマ、パーソナリティ障害等、性別違和、自傷行為などの行動嗜癖といった複数の問題を抱えて苦しんでおられる患者さんが多くなりました。苦しみが深い分、治療がなかなかうまく進まない時もありますが、スタッフのスキルの向上を図り、多職種による関わりや地域支援者との協働などをより強化して、多くの困難を抱えている患者さんたちの力になれるよう努めています。

患者さんを地域で支える精神科医療へ

 一生病院で生活する患者さんも多かった収容型の精神科医療は終わりつつあり、今は症状が改善したらできるだけ早期に退院して地域で生活を送ることが患者さんにとって最も望ましいと考えられています。当センターでも、急性期から回復期の病棟へ、外来通院から最終的には地域のクリニックへ、と段階的に移っていくための支援体制を充実させているところです。

 長期入院になっている患者さんであっても、症状が落ち着いている方には、ご家族のご理解のもと、積極的に自宅退院や施設入所などをお勧めして、地域移行のための取り組みを進めています。たとえば、ご自宅や受け入れていただく施設に、当院のスタッフが患者さんと一緒に何度も訪問したり体験外泊を繰り返したり、あるいは地域支援者にも協力をお願いしたりして、患者さん、ご家族、施設の方々皆が安心できるよう退院後の生活やケアの体制を整えます。また退院後も、患者さんが慣れるまでの間、患者さんをよく知っている当院のスタッフが重点的に訪問し、さまざまな相談に応じながら、緩やかに地域生活に移っていけるよう支援を継続します。その後は近隣の訪問看護ステーションや精神科クリニックにバトンタッチし、もし万一病状が悪化するような時には、また当センターで入院治療をお引き受けするー4そのような相互連携のネットワークを広げていきたいと考えています。

 病棟生活の中ではできることが限られていた患者さんが、地域に戻って生き生きとその人らしく生活されている姿を見て、スタッフも患者さんの退院促進に対するモチベーションを高めています。

患者さんと医療者が一緒に治療方針を決める

 これまでの精神科医療では、患者さんの意思に関わらず強制的に治療を行うことや医療者が患者さんに替わって何でもお膳立てする「パターナリズム」について、やむを得ないと考えられていました。しかし、患者さん自身の意思を尊重せず、患者さんの尊厳を守らなければ、本当の意味で効果のある治療や支援になりません。人は誰でも望まないことを押しつけてくる相手を信用することはできないし、医療者中心の医療やケアでは病気に向き合うことに対して患者さんが主体的になれないからです。反対に、自分が望むことであれば意欲的になれますし、それを支援してくれる相手となら信頼関係を作ることもできます。誰もがそう望むように、患者さんが望むのも社会の中で自分の思うとおりの人生を生きることであって、ただ治療を受けて病気を良くすることではありません。治療は自分のかなえたい目標に向かうための手段の一部にすぎないのです。

 患者さんの希望を実現するための精神科医療にするには、患者さんと医療者が一緒に治療方針を決めていく共同意思決定(Shared Decision Making)が重要です。「家族と一緒に穏やかに暮らしたい」「自立したい」「働けるようになりたい」などなど、患者さん自身の望むことを実現するために必要な治療や支援は何か、それを一緒に考え一緒に行動するという姿勢がわれわれ医療者に求められています。

治療を難しくする「トラウマ」の存在

近年、子ども虐待や家庭内暴力が深刻な社会問題となっており、被害に遭われた方たちのケアに対する精神科のニーズが高まっています。当院の思春期外来を受診する中学・高校生だけでなく、特に依存症の患者さんの中に、子ども虐待やいじめなどによるトラウマを抱えている方が多くなりました。依存症には薬物やアルコールに対するものだけでなく、自傷行為、買い物、ギャンブル、セックスなどへの依存(「行動嗜癖」と呼ばれます)もあります。その背景には虐待、親の離婚や死亡、身近な人の精神障害や暴力など「小児期逆境体験」があり、患者さんがそのトラウマに対処しようして依存症や行動嗜癖になっていることも多いのです。そのため治療が難しく、依存症だけでなく背景にあるトラウマに対するケアも必要なことがあります。医療者には患者さんとの信頼関係を深めながら時間をかけて治療する高度な専門性が求められるため、当院のスタッフも研鑽を積み重ねています。

地域から頼られる病院になる

インタビュー中の写真

今後、一番力を入れたいのは、他の医療機関では治療が難しい患者さんの受診や入院の依頼をできるだけすみやかに受け入れられる体制を作り、より地域のニーズに応えられる病院になることです。そのためには当院で人員や病床を確保するだけではなく、他の医療機関や関係機関からも協力していただけるような連携のネットワークを強化していけたらと考えています。地域から隔絶された精神科病院ではなく、困っている時にはいつでも気軽に相談してもらえる、頼られる病院になることをめざしていきます。