医師コラム

コラム(3)医療観察法とは?「心の病気と罪」をめぐる仕組み

 ニュースなどで耳にする「心神喪失で不起訴」「医療観察法に基づく処遇」という言葉。これらは「罪を犯したのに、病気だからと許されるのか」といった疑問や不安を生みがちですが、実際には社会の安全と病気の治療を両立させるための重要な仕組みです。その要点を分かりやすく解説します。

 1. なぜ「病気だと罪に問われない」のか
 日本の刑法には、「自分の行為の善悪を判断できず、行動をコントロールできない人は刑罰を科せない(責任能力がない)」という大原則があります(刑法39条)。
• 心神喪失(しんしんそうしつ): 精神障害の影響で善悪の判断が全くできない状態。⇒ 無罪・不起訴
• 心神耗弱(しんしんこうじゃく): 判断力が著しく低下している状態。⇒ 刑が軽くなる
 刑罰とは「反省を促すもの」であるため、重い精神障害により事態を正しく認識できない人に罪を問うても、根本的な解決や反省には繋がらないと考えられているからです。

2. 医療観察法の目的:処罰ではなく「治療と社会復帰」
 責任能力がないと判断された人の中には、手厚い治療により病状が安定し、社会生活を営むことが出来る人も含まれます。そういった方々を支える仕組みが2005年に施行された「医療観察法」です。 この法律の目的は、大きく分けて次の2つです。
1. 手厚い専門医療を提供し、精神障害を改善・回復させること
2. 再び同じような事件を起こすのを防ぎ(再犯防止)、安全な社会復帰を促すこと つまり、対象者(「患者さん」ではなく、医療観察法の対象になる者という意味で「対象者」といいます)を罰するのではなく、医療の力で病気を治し、社会へ戻すためのセーフティネットです。

3. 具体的な仕組みと治療の流れ
 対象となるのは、殺人、放火、強盗、不同意性交等、傷害といった「重大な事件」(対象行為といいます)を起こしたケースに限られます。裁判官と精神科医(合議体といいます)による審判の結果、医療観察法による処遇が必要と判断された場合には、入院、あるいは通院による治療を受けることになります。処遇中は、薬物治療等により症状の改善を図りながら、対象行為についての内省を深め、再他害行為防止のための方策を多職種で構成される治療チームと一緒に考えていくことになります。治療の進捗状況は定期的に合議体に報告することとなっており、最終的な退院の判断も合議体が行います。

4. 私たちが知っておくべきこと
 被害者感情や再犯への不安から批判的に見られることもありますが、客観的なデータでは、医療観察法による手厚い支援を受けた対象者の再犯率は、一般的な刑務所を出所した人と比べて低いことが実証されています。 精神障害による事件を防ぐために重要なのは、孤立や排除ではなく「治療のレールから脱落しないための支援体制を整えること」です。医療観察法は、対象者の回復を支えると同時に、再び同様の他害行為を防止するための仕組みとして機能しています。

5. 当センターの取組
 当センターでは、医療観察法の入院、および通院対象者の受け入れを行っています。
 入院対象者については、薬物療法・作業療法・心理面接、疾病教育・権利擁護に関する教育・社会復帰講座など、対象者が自身をとりまく環境を学んでいくことに力を注いでいます。また、スキルの回復・獲得のための集団プログラムや、個々に合わせたプログラムを多種用意しており、多職種チームで意見交換、治療評価を行い、適切な時期に適切なプログラムが提供できるようにしています。 ご本人を交えた話し合いでは、意向を聞き、達成するためにはどうしたらいいのかを共に考えていきます。対象者自身がご自身の病状を把握し、不安出現時等の対処法などを実践し身につけることを支援します。 また、集団プログラムや季節を感じていただくための歳時記プログラム等を通じて、他者と関わることや共感できる機会を提供しています。 加えて、社会復帰に向けて、病棟内に一人暮らしの部屋を模した空間を用意しています。また、外出・外泊の際は多職種で計画を協議し、リスク管理を行いながら社会復帰につなげています。
 社会復帰後、対象者の多くは通院処遇に移行しますが、当院への通院が決定した対象者に対しては、社会復帰と再発防止に向けた専門的な通院医療を提供しています。治療・支援の柱は、入院処遇と同様の多職種チームによる包括的なアプローチです。主治医による診察や薬物療法をはじめ、デイ・ケアやショート・ケア、作業療法などのリハビリテーションプログラムを通じて、生活リズムの定着や対人関係能力の回復、病状の自己管理(クライシスプランの実践など)を促進します。さらに、外来・訪問看護科などのスタッフが自宅を訪問する訪問看護を実施し、地域での安定した生活をサポートします。対象者の能力に応じて、外部の就労移行支援事業所と連携しながら就労を促すこともあります。
 本処遇では、保護観察所の社会復帰調整官や地域の保健福祉機関、訪問看護ステーションなどの関係機関と密に連携し、定期的な情報共有や評価を行いながら統合的な医療支援を推進しています。

 専門医療部長 安田 新