医師コラム

コラム(1)患者中心の医療をめざして

 私が担当する第1回目のお題は、「患者中心の医療」です。そもそも医療は患者さんのために提供されるのですから、医療が患者中心なのは当たり前のようにも見えます。ただ、精神医療の場合、少しだけ難しい問題があります。なにしろ心の病気に苦しんでいる患者さんの中には、現実に存在しない人からの指示や声に従おうとしたり、生きていることに絶望してしまったりしている人もいらっしゃいます。

「ここに居てはダメ!という声が聞こえる。今すぐ逃げさせて」とか、「自分を傷つけたいので手伝ってほしい」などと患者さんに言われた時、私たちは患者さんのご希望どおりにすることはできません。患者さんの安全を守るために、患者さんに心理的なご負担をおかけしてしまうことがあっても、安全な病室に居てもらうように説得して、精神医療に関する法律で認められた範囲内で、物の管理や時には行動の制限をお願いすることがあります。もちろん、適切に心の治療薬を用いたり、面接をくり返したり、静かな病室に入って休んでいただいたりして、できるだけ患者さんが苦しむ時間が短くなるように私たちは配慮しています。

 外科の先生でも、たとえ患者さんやご家族が「今すぐ手術をしてほしい」と希望しても、病状によっては「今はしない方がいい」、と希望に沿わない判断を下すことがありますよね。患者さんに寄り添った、患者中心の医療とは、患者さんやご家族のご希望を大切にしながらも、医学的な視点も踏まえて、より良い治療を一緒に考えていくことだと思います。

 もちろん医師も未来を100%完璧に予知できるわけではありません。どれほど医学が発展しても、やはり想定外の病状の変化はありえます。医師の側は、病院が提供できる医療の限界を素直にお伝えしなければなりません。そしてあらかじめ患者さんとご家族に、現在の病状の見立てをご理解いただき、どのような治療の選択肢があるのか、リスクや副作用は何か等をご説明し、患者さん(病状が重く判断が難しい場合はご家族)にできるだけ納得して決めていただくことこそが、患者中心の医療なのではないでしょうか。

 理想論かもしれません。患者さんやご家族も長く続く病気に疲れ切っていたり、混乱していたりもします。患者さんが難しい病状であるほど、何度も丁寧に面談を重ねなければなりません。患者さんやご家族がたどる「理解・納得・決断」というプロセスには、それに寄り添う病院側にも多大な人手と時間がかかります。

 ところが国の制度(医療法)は、日本のどの精神病床も職員の配置基準。職員の熱意や努力といった現場の努力だけでは補いきれない、制度上の制約が精神医療の現場にあることも知っていただきたいと思います。

 私たち病院職員の側も、患者さんやご家族の声にもっと耳を傾け、日々のお困り事や病院に対するご要望をもっとよく知りたいと思っています。当院には長年、患者さんが自由に投函したり、QRコードからスマホで書き込んだりすることもできる投書箱があります。遅まきながら、令和8年からは院内の委員会に、家族会の代表の方も外部アドバイザーとして加わっていただくことに致しました。

 患者さんやご家族に精神医療の現場のことをもっと知っていただき、私たち職員も患者さんやご家族の思いをもっとよく知ろうとする。そういった相互理解とコミュニケーションから、本当の意味での「患者中心の医療」が生まれると、私は信じています。

所長 小林 桜児